Country Road.

2003年3月12日
帰りたい、と思う場所がある。
天国に一番近い場所。

あの日僕は勇気が無くて、君に色々なことを言いそびれた。
そしてそのまま今日まで来て、今ひどく後悔してる。
この道を行きながら、昨日帰るべきだったと思ってるんだ。
伝えられなかったことを全部持って。
明日君に伝えるために。

帰りたい、天国に一番近い場所へ。
僕のふるさとへ。

モラトリアム。

2003年3月11日
たくさん嘘を吐いています。
些細なことから重大なことまで、もう数え切れないほどに。

一番最初はあなたが好きだと囁いたこと。
一番最後はあなたが嫌いだと囁いたこと。

嘘吐きに天から断罪が下るまでの執行猶予がほしかったのです。
足音が無くても君が来るのはわかる。

電話が無くても君が元気なのは知っている。

君の眠る時間になんとなく時計を見上げたりする。

僕のサーカディアン・リズム。

図書館司書の女。

2003年3月9日
「何か、お探しですか」

図書館の、古びた本ばかりが置いてある静かな一角に、男がひとりおりました。
長い間棚の本を目で追う男は、ひどく寂しそうに見えました。

「ええ、本を一冊。…とても好きな本だったんです」

でも無くしてしまって、と男は呟いて、頼りなく微笑みました。
よれよれのトレンチコートをかきよせて、再び棚に目を戻します。

「ゆっくり探してくださいね。
あなたの本は逃げません。あなたをずっと待っています」

だってそれはあなただけの本ですから。
図書館司書はそう言って、カウンターに戻りました。

「あのぅ、これを貸し出ししてほしいんです」

娘がひとり、図書館司書に言いました。
手には絵本を一冊、大事そうに抱えています。

「どうぞ、期間は無期限です。
だってそれはあなただけの本ですから」

良かった、と娘は呟いて、図書館を後にしました。
図書館司書は本を読み始めました。

「…あらイヤだ、これはわたしの本じゃないわ」

世界のどこかにある図書館では、こうして一日が過ぎて行くのです。

イカロス

2003年3月8日
あの蒼い空の果てへ
切なくもこの声が届くのなら

抱きしめてくれた君の背中へ
不器用にも腕を回して

瞳の中に
蒼穹をみつめて
長い長い本を書こう。
生きている限り書ききれない、長い長い本を。
ぬるんだ春の小川や
揺れる夏の木漏れ日や
沈む秋の夕日や
舞い降りる冬の雪を
長い長い本にして。

あなたとわたし、二人の本を。

ボーダーライン

2003年3月6日
自分の前に本当に君を好きにならないようにボーダーラインを引いて
冗談めかして「愛してる」と伝えて

傷付けて

傷付いて

微笑む顔など見れなくて
思い出すのは憎悪ばかりで
それでも君は俺を赦してくれるだろうか。

飛び越えられないボーダーラインに
生きている意味など無いけれど。
それで君が幸せになるのなら、僕は惜しみなく君に与えよう。
君の名前を囁いた僕の声も、
君の身体をかき抱いた僕の腕も、
君の元へ走った僕の足も、
君のことしか考えられない僕の頭も、
君の笑顔を映した僕の目も、
すべてを惜しみなく君に与えよう。

――君を想う、僕の心以外ならば。

サンクチュアリ。

2003年2月26日
溢るる光と水 Green of Woods
君の微笑みはその聖域にも似て
闇の隙間より出流る清流は
渇いた心を潤して
そんな Green of Woods
僕の聖域(My Sanctuary)

憧憬。

2003年2月23日
 空の高い高い場所を人口の鳥が切り裂いて飛ぶ。
かすかに聞こえるエンジンの音。回るプロペラ。
見上げると、真っ赤な主翼。

 後は逆光に紛れて、何もわからなかった。
 例えば夏の太陽のように、などと形容したら、
――ありがとうと微笑むだろうか、それとも、

 明るい空が窓の向こうに広がって、彼は夏の太陽の下で馬鹿みたいに笑っている。
何がそんなに楽しいんだろう、このクソ暑い夏なのに。
それに、馬鹿。
日向に出る時はちゃんと日焼け止めを塗れって言ったのに。
また痛い痛いってわめくんだから。
 手元の本に目を落とす。
さっきまで気にならなかったのに、図書館の中は嫌になるほど暗かった。
 外と中。
たったこれだけなのに、彼と自分は明確に隔てられているようで、そんなことを言ったら彼は、

 馬鹿みたいだと、嘲るだろうか。
 中学時代のトモダチに、会った。電車の中で。
なんとなく隣に座って、ちょっと話をして、お茶するわけでもなく、別れたんだけど。
駅をひとつ通り過ぎて、家に近くなる度に、
「次は、……です。お降りの際は…」
なんて読み上げられる駅名に、もっと目的地が遠ければいいのに、とか考えたりして。
 元気、と聞かれたから元気だよ。と言っておいた。ホントは少し、風邪気味だった。
どうしてる、と聞かれて別に。勉強ばっか。と言っておいた。アンタのことは知ってる、部活ばっかやってるんでしょう、どーせ。
 あとは少し、レンアイの話とかしてみた。
中学のころから馬鹿みたいなことばっか言って、理想の彼女探しに燃えてた。
パーフェクト・ガールはみつかった? と聞いてみたかったけど、やめた。返事を聞くのが嫌だ。なんとなく。
 そのうちに、下車駅が来て。
二人で電車を降りて、エスカレータを歩かないで上った。おかしいな、わたし、普段は駆け上がる場所なんだけど。
 改札の前で立ち止まって、またねと言ったら、またなと言われた。

 次の日に気付いた。
わたし、いつもと違う電車に乗っていたんだ。

破片。

2003年2月7日
 つまり世界がわたしに対して犯した最大の間違いって言うのは、
わたしに「なんとかなる」という概念を覚え込ませてしまったことだと思う。

 昔からその徴候はあったけど、極めつけは一年前の高校受験だっただろう。
何しろわたしはあのころ、人生というものについて早熟にも考え込み、
一ヶ月近く学校へ行っていなかったのだ。
そのくせわたしは第一志望の高校に合格してしまい、
はっきり言って人生なんてのはなんとかなるとわたしは今でも思い込んでいる。
頭がいいというのは、得なものだ。
 その夜、夢を見た。
そう昔のことじゃないけれど、新しいとは言えない記憶だった。

 高層ビルの屋上で、あなたと。
…一度きりの、くちづけを交わす夢だった。

 まだあなたのことが好きなんです。
 困ったような顔をして、眉をひそめて。

 好きですと言ったのは、もう一月も前のことなのに。
……まだ、引きずってるなんて。

 涙が出る。
これだけは永遠だとか、あのひとだけは別だとか、そんなくだらないことを信じていた自分が、バカバカしすぎてみっともなくて、それから哀しくて。

 ただ同情とか成り行きとか、そういうことだっただけなのに、どうして勘違いなんてしてしまったのかわからない。
否、わかりたくない。
だから本当はわかっている。
あのひとが、あんまり優しく笑ってあんまり愛おしそうに身体に触れてくれるから。
だから勘違いしてしまった。

 友情から進展して酔った勢いで結ばれた関係はあやふやで頼りなくて、それでも時折抱いて、抱かれて。
幸せそうに笑ってくれたものだから、拒絶なんてされるはずないと思ったのに。

 一月前に戻れたら。
馬鹿な陶酔に浸っていた自分を、何より先に殺したい。
今この手の中に、あの人が居ないから。

キスの効能。

2003年1月18日
 体調が悪いと耳のすぐ上、右側のこめかみがちくちく痛むのだ、と気付いたのは、いつごろだっただろう。

 そんなことを、布団の中にうずくまって、さなぎのようになりながら考える。

 頭の奥のシンが痺れて、指先に快感にも似た拡散のかすかな残滓。
瞼の裏側をゆっくりと舐めるような暗闇とか、そういったものがなんだかとても愛しくて、いっそこのまま消えてしまっても構わないのだけれど、と思うと。

 また、不意に。
……こめかみが、痛んで、

 引き戻された、と思って少し残念だった。

 誰だかは知らないけど、放って置いて欲しい、と思う。
自分の身体の後始末くらい、自分で付けたいのに。

 でも、また戻ってしまったから。
仕方がない、今日は眠ろう。
また明日、今度は絶対に。

 ……そういえば。
あなたの唇が押し当てられるのは、いつも、
こめかみ
だったんだと、思い出した。

 せつない、ね。

危惧。

2003年1月16日
あまりにも貴方が目の前で微笑みすぎるから。
それが、危ないと。

ただそれだけ。
思ったのです。
「黒髪」が。
好きなのだと謂ふ人の心は知らねど。

「黒髪」に。
思ふものは無きにしもあらずな吾が夜に。

「黒髪」の。
娘にひたと寄り添うて。

「黒髪」を。
舞うも恋の鞘当てぞ。

ボクタチノミライ。

2002年12月28日
ずいぶん遠くまで来たような気がする。
こんなトコまで来るつもりだった? いや、僕は全然。
ちょっとそこまでのつもりだったんだけど。
でもこれも悪くないんじゃないかな、わりと楽しいし。

ん……?
うん――どこまで行こうか。

恋愛中毒。

2002年12月15日
 恋を手放したら終わりなのはわかってた。

 ヤりたい時にヤる。寝たい時に寝る。食べたい時に食べる。ドラッグだってやる。
快楽主義者のあたしはいつだって気持ちイイコトとか楽しいコトしか頭にない。
他人の顔色伺って生きるなんてまっぴら、それよりイイコトしよう?
だからアイツとの関係は恋人なんてモンじゃない。
あたしは誰とだって寝たい時に寝た。
セックスフレンド? そっちの方が近い。

 それでもこの疑似恋愛は甘すぎて、時々ホントに恋してるのか愛されてるのかとクラクラした。
アイツが嫌がるから、ドラッグもやめた。他のヤツと寝るのもやめた。
毎日風呂にも入ったし、十年ぶりに髪を切った。
キレイになったって言われるのが、快楽だったから。

 恋じゃない。恋してるフリと、愛されてるフリ。
でもそれが酷く心地よくて、あたしの中のエピキュリアンはこれが終わるなんて信じられないって顔してた。
終わったらどうなるんだ? また元の生活に? これ以上の快楽がないのを知ってるクセに。

「別れよう」
「あ、そ。じゃね」

 ――恋を手放したら終わりなのは、わかってた。

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