喉が、乾いている。からからに――砂漠の砂のように。
それは水を飲んでも食事をしても収まらない。もちろん頭を使っても、身体を動かしても。
 だから俺は今日も外に出る。人気のない公園で、酔って千鳥足になったオヤジをひとりか二人つかまえることなど、若い俺にとってはさしたる苦労じゃない。たまに相手がOLだったりしても、それは同じことだ。

 人殺しは、嫌いじゃない。
一日何時間も勉強して脳味噌をフル回転させたり、あるいはマジメに部活に打ち込んで汗を流しても得られない満足感を、人殺しは一瞬で満たしてくれる。スリリングな一瞬が脳のアドレナリンを活性化させて、俺を燃え立たせるのだ。
 そしてその瞬間だけ、俺の喉の渇きは癒される。普通の人間が手を伸ばしても与えられないような満足感に、俺は酔いしれる。
 だから、人殺しは嫌いじゃない。

 俺にはバケモノの知り合いがいる。何故かと聞くな。気付いたら知り合いになってた。
 食人鬼の彼女は、ちょうど俺と同じくらいのサイクルで人の血が恋しくなる。喉が渇いてしかたがなくなる。俺たちの利害は一致している――喉をひりつかせた、殺人鬼と食人鬼。
 俺はオヤジなりOLなりを殺して喉の渇きを収める。彼女はその死体を喰って喉の渇きを収める。世の中、俺と彼女みたいな連中ばっかりだったらもう少し過ごしやすかったと思うんだが。

 ある夜中、俺はいかにも今年大学を卒業しましたというようなOLを殺した後で、ぼんやりタバコを吸いながら月を見ていた。三日月のきれいな晩だった――その下で、OLの腹に開いた傷口から、血を啜ってる彼女という倒錯的な光景さえ、なにかの儀式に見えるほど。

「ねぇ」

 ていねいにはらわたを地面に取りのけて、顔面の血をぬぐいながら彼女が言う。

「興奮してきたんだけど。抱いてよ」
「ヤだよ。俺、外でヤんのは嫌いだかんな」
「ちぇ。じゃあキスして」

 彼女の我が侭に付き合うのも、『利害』のひとつである。
 俺はおとなしくタバコを地面に捨てて、なんだかものすごい形相になっている彼女を見つめた。血まみれの唇がてらてらと脂で光っていて、まるで高級なリップグロスを塗りたくったようだった。
 舌先でその唇を舐め、彼女の好きな深い深いキスをくれてやる。俺の中に忍び込んできた彼女の舌は、生き物のように俺の口内をまさぐって八重歯をなぞった。

 不意に彼女の牙が唇に当たって、ぷつりとやわらかな音を立てて皮が破れた。

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