正月に日本を訪ねた時には必ずキモノを着せろとねだるカタリナに、甘やかしの実母は夏だからと浴衣を用意していた。たもとと襟から玄妙なグラデーションを描いて裾では薄い青に変化してゆく地に赤い金魚を散らして、帯は金魚と同色の鮮やかな赤。その上にさらに桃色のやけにひらひらとした薄い帯――兵児帯というのだと実母が言った――をくるりと巻いて、そのあどけなさ故に年より幼く見えるカタリナは、けれど宵闇の中で妙に大人びてうつくしく見えた。
 似合う? と微笑んで問うてきた彼女に、いつものようにああ、と答えて頭を撫でてやらなかったのはだからで、きれいだと言ってやったことなどそういえば初めてだと気づいたのは、最初の花火が打ち上げられてしばらくしてからだった。隣で手を叩いてはしゃぐカタリナをそっと見やって、改めて彼女の年齢を自覚する――もう十七歳か。妻もいない若い養父などには、そろそろ持て余す年頃だ。
「――なに?」
 ふと視線に気づいたカタリナがきょとり、と小首を傾げるのに、なんでもないと苦笑して再びとりどりの光が打ち上げられた夜空をほら、と示す自分は、少しずるいと思った。

 から、から、とおぼつかない音を立てて赤い鼻緒の素足を進めるカタリナは、今はもう興奮も少し冷めて、買ってやった丸ごとのリンゴに飴をかけたものをちろちろと舐めながら、もてあそぶようにくるくると回したりしていた。実母は飽きて、とうの昔に先に帰るわ、と花火見物を放棄していたから、今並んで歩いているのは自分と彼女の二人きりだ。
「きれいだったな」
 沈黙から逃げるようにつぶやくと、振り向かないままにカタリナはうん、とうなずいて、また来年も見たい、とあまり期待していないような口調で言った。今年の休暇が偶然だということを理解していて、こんな時ばかり癪に障る少女だ。
 少しばかり意地の悪い気分になって、からかうように二人で? と問うと、足音は止まらなかったが手の中のリンゴは動きを止めていた。いつもこのくらいわかりやすければいいのに、と思う。彼女のように複雑な――とても複雑な少女の胸の内を知るには、自分はあまりにもシンプルに作られすぎていた。
 もうあの角を曲がれば実母のマンションに辿り着く、というころになって、カタリナは不意にうん、と脈絡のないようなささやきをこぼした。
「――うん、二人で」
 小さな鈴のついた巾着を持った手が白くなるほどに握り締められているのに気づいてしまったから、彼女の必死さを理解してしまった。
 ――複雑で、シンプルで、自分たちの間に横たわる絶望的なまでの距離の向こう側から手を伸ばし続けている。その手を払いのけることができるほどに、強くはなれなかった。
「――じゃあ、二人で。来年も」
 からん、と下駄の音が鳴って、振り返らないカタリナの顔がにこりと笑んだのを確かに見たような気がした。

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