従兄の様に強い訳ではないかもしれないけれど、この人はとても優しくて、素敵な人。

 父方の伯母のことは、あまり好きではない。出世もしないと言っては父を嘲り、家事もできないと言っては母をなじる。三日と空けずにわざわざ家へ来てそんなことを愚痴って帰るものだから、千恵子は余程そんなんじゃア貴女の方が家事ができていないンじゃないですか、と言ってやりたいのだけれど、そう言えば余計に父や母が困ることを知っているからしおらしい顔をして頷いておく。そんな自分が、千恵子は余り好きでない。
 それにつけても理解に苦しむのは、あんな伯母から従兄の様な立派な人が生まれたことだ。彼は聡明で強く、その上いつでも優しかった。ちえちゃん、と彼が自分を呼ぶ時の少しのんびりとした甘い低い声を、千恵子はまだきちんと覚えている。
 ちえちゃんは賢い子だから、もっともっと勉強するが良いよ。そんな人なら誰だって放っておかない、一番好きな人を選びなさい。兄さま、と呼んでいた彼は、とても進んだ考えの持ち主だったのだと思う。
「女に学問なんかいらないでしょう、貴女の父さんは甘いのねえ。女学校なんてあんな所に行って役にも立たないことをやっているから、貴女の母さんは家事もちゃんとできないんですよ。それより伯母さんの家にいらっしゃいな、家事の他にお花もお茶も教えてあげられるし、申し分のない旦那様も見つけてあげますよ」
 だから父を貶されたことよりも母を馬鹿にされたことよりも、従兄の言葉を全くの初めから覆した、その事実その物が千恵子には許せなかった。
 それは伯母への当て付けではなく、従兄の遺言を後生大事に抱えていたせいでもなく、ただ彼を亡くした数年間で自然と千恵子の心に芽生えた幼くも熱い感情だった。伯母の様にはならぬ、私は私の足で歩いて、一番好きな人を選ぶのだ。
 女学校へ行きます、と何者の干渉も認めない娘の言葉に、物静かな父は一つ頷き、「好きにしなさい」と言った。

 少し離れた、けれど温もりを感じる距離を歩く青年を盗み見るように見つめながら思う。
 ――この人が、私の一番好きな人。

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