ラスト・クリスマス。
2005年12月25日 若菜萌ゆ クリスマスと言う行事が欧羅巴の国々ではあるのだ、と教えてくれたのは、十以上も年上の従兄だった。
「樅の木にガラスや銀で作った天使やくす玉の様な飾りを吊るしてね、鶏の丸ごと焼いたのや焼いた洋菓子なんかの大層な御馳走を食べる」
火鉢の上では薬缶がしゅんしゅんと沸いているが、小峰の家は今日は千恵子と従兄ぎり残っていて、家人は出払っている。そのせいで、師走の忙しい時期だと言うのに、家は不気味な程しんと静まり返っていた。千恵子は耳が痛い程の静寂を怖がる厄介な性質の子どもで、兄様お話して、広い肩幅と大きな手を持つ優しい従兄に甘えるのは、別にこれが始めてと言う訳ではなかった。
それでお土産に持って来た金平糖の小さなビンを、おかっぱ頭も愛らしい少女のために開けてやり、洋菓子の代わりとばかりに桃色の金平糖を千恵子の口に入れてやりながら、従兄は話を続けた。
「二十四日の夜には、ちえちゃんの様な子どもは皆んな布団の所に靴下を下げておく。そうすると夜中にサンタクロウスと言う仙人の様なお爺さんが来て、贈り物をくれるんだよ。ちえちゃんも良い子にしていたら、明日の朝には贈り物を貰えるかもしれない」
それは確か十二月の大晦日も近い頃で、従兄はその時何かとても素敵な贈り物を千恵子にくれたのだったが、あれは何だったろうか。欲しがっていた赤い靴だった様な気もするし、もっと全然違う物だった様な気もする。ただ、そうして従兄は彼の分の贈り物をくれたのに、次の日の朝起きてみると布団の横には綺麗な千代紙と真っ赤なリボンで飾られた大きな包みが置いてあって、中には金色の巻き毛と空色の目の大層可愛らしい仏蘭西人形が入っていた。
きっと兄様の言っていた、サンタクロウスと言う仙人が来たんだわ、と千恵子は喜び勇んでその夜は家に泊まったはずの従兄に見せに行こうとしたのだけれど、軍から急な呼び出しがあったとかで彼はもう家にはいなかった。また今度いらした時に見て頂きなさいな、と母は言ったけれど、結局従兄に会えたのはその後一度きり、どこか遠い北の国に、「アカ」と言う悪者を退治し、良い外国の兵隊達を助けに行くと言うその朝だけだった。
駐在武官の一人として独逸か仏蘭西か、どこか女学生になって初めて知った様な名前の国へも訪れた従兄はもういない。シベリアに出兵した彼は二十五歳で時を止めてしまって、二度と千恵子に金平糖や赤い靴をくれることも、クリスマスの話をしてくれることもないのだ。
だから千恵子は、未だにあの仏蘭西人形のお礼を従兄に言えないままでいる。幼く無知であったことは、幸せだったけれど残酷だと、十七を迎えた今、ようやく知った。
「樅の木にガラスや銀で作った天使やくす玉の様な飾りを吊るしてね、鶏の丸ごと焼いたのや焼いた洋菓子なんかの大層な御馳走を食べる」
火鉢の上では薬缶がしゅんしゅんと沸いているが、小峰の家は今日は千恵子と従兄ぎり残っていて、家人は出払っている。そのせいで、師走の忙しい時期だと言うのに、家は不気味な程しんと静まり返っていた。千恵子は耳が痛い程の静寂を怖がる厄介な性質の子どもで、兄様お話して、広い肩幅と大きな手を持つ優しい従兄に甘えるのは、別にこれが始めてと言う訳ではなかった。
それでお土産に持って来た金平糖の小さなビンを、おかっぱ頭も愛らしい少女のために開けてやり、洋菓子の代わりとばかりに桃色の金平糖を千恵子の口に入れてやりながら、従兄は話を続けた。
「二十四日の夜には、ちえちゃんの様な子どもは皆んな布団の所に靴下を下げておく。そうすると夜中にサンタクロウスと言う仙人の様なお爺さんが来て、贈り物をくれるんだよ。ちえちゃんも良い子にしていたら、明日の朝には贈り物を貰えるかもしれない」
それは確か十二月の大晦日も近い頃で、従兄はその時何かとても素敵な贈り物を千恵子にくれたのだったが、あれは何だったろうか。欲しがっていた赤い靴だった様な気もするし、もっと全然違う物だった様な気もする。ただ、そうして従兄は彼の分の贈り物をくれたのに、次の日の朝起きてみると布団の横には綺麗な千代紙と真っ赤なリボンで飾られた大きな包みが置いてあって、中には金色の巻き毛と空色の目の大層可愛らしい仏蘭西人形が入っていた。
きっと兄様の言っていた、サンタクロウスと言う仙人が来たんだわ、と千恵子は喜び勇んでその夜は家に泊まったはずの従兄に見せに行こうとしたのだけれど、軍から急な呼び出しがあったとかで彼はもう家にはいなかった。また今度いらした時に見て頂きなさいな、と母は言ったけれど、結局従兄に会えたのはその後一度きり、どこか遠い北の国に、「アカ」と言う悪者を退治し、良い外国の兵隊達を助けに行くと言うその朝だけだった。
駐在武官の一人として独逸か仏蘭西か、どこか女学生になって初めて知った様な名前の国へも訪れた従兄はもういない。シベリアに出兵した彼は二十五歳で時を止めてしまって、二度と千恵子に金平糖や赤い靴をくれることも、クリスマスの話をしてくれることもないのだ。
だから千恵子は、未だにあの仏蘭西人形のお礼を従兄に言えないままでいる。幼く無知であったことは、幸せだったけれど残酷だと、十七を迎えた今、ようやく知った。
コメント