梅雨の合間に顔を出した太陽はここぞとばかりに張り切って、昨日の午後からずっとよく晴れた、暑い陽気が続いている。グレイ・トーンの雨模様では蛍光塗料でも混ぜているのかと見まがうばかりに色鮮やかな紫陽花は、青空の下ではいまひとつ目を引かず、しおたれて見えた。
 水をやらないとかわいそうだろう、と言ったのは伯父だっただろうか。自分の家と伯父の家の周りに、まるで垣根のように植えられたたくさんの紫陽花に、二人で水やりをしたことを思い出す。
 井戸から大きなバケツに水を汲んでくるのは、自分の役割だった。他の大人たちはいつもそういう時に魔法を使ってみなさい、できないわけがないでしょうと言ったけれど、両親と伯父夫婦だけはそういう意地悪なことを言わなかったから、いつでも安心していられた――ことに伯父は、自分のやることをなんでも少し笑いながら褒めてくれた。
 そうして顔を真っ赤にして運んだ水を、伯父が魔法で紫陽花に分け与えてやる。伯父がにっこり笑って指先をちょっと動かすと、たぷん、とバケツの中から大きな水球が飛び出してくる。それはきらきらと太陽の光を乱反射させながら頭の高さよりも少し上までするすると上がって行って、伯父がもう一度指をくいっと動かすと、ぱちんと音を立てて弾けるのだ――シャワーのような大粒の霧のような水は、そんなふうにやさしく紫陽花に降り注いだ。
 時々元気の良い雫たちが髪や服を濡らしたけれど、伯父は自分が濡れてしまっても、けらけらと笑うばかりで悪戯好きな精霊たちをとがめようとはしなかった。むしろ自らすすんで全身に水を受けるような、子どもっぽい真似をする人だった。
 水まきのお礼にもらうよと紫陽花に断って、彼の分と自分の分、一枝ずつきれいな赤紫と水色の花を折り取ってくれたのも伯父だったし、土の性質によってその花の色が変わるのだということを教えてくれたのも伯父だった。自分と同じようにうまく魔法を使えない伯父が、強い父や兄よりもずっと礼儀正しくて博識だったことに驚いたことを覚えている。
 思えばそれは出来損ないの哀れな子どもが、一族の前で恥をかかないようにと考えてのことだったのだろう。己が強くあるがゆえに、父や兄はそうしたことには無頓着な人びとだったから――せめて同じ重荷を背負う自分が、と。

 「なぁに笑ってんだよ、お前は」
 頭にぽんとつばの大きな麦藁帽子をのせられて、そのままわしわしと帽子ごと頭をかき回される。きゃー、とそれほど嫌そうにも聞こえない悲鳴を上げてバケツの水を背後にぶちまけると、うわぁっとこちらは本当に嫌そうな悲鳴が聞こえた。
「うわー、ルグ君水も滴るいい男っ☆」
「待て、こら蒼呼ッ!」
 お返しとばかりに赤毛の青年は手近にあったバケツ――それにはなみなみと水を汲んであった――を引っつかみ、きゃらきゃらと笑い転げる少女に向けて、遠慮なく中身をぶちまけた。ざぱん、と大きな音を立てて、目を丸く見開いた濡れ狐が一匹出来上がる。青年はその様子に、してやったりと声を上げて笑った。

 大騒ぎを繰り広げる二人の隣で水をたっぷりともらった紫陽花は、初夏の暑さにも負けじと咲き誇っていた。

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