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The Secret Garden.
2005年4月16日 アクア=エリアス(?) 大体において人間贔屓で、夜な夜な街に下りて酒場だのなんだので遊び回る親友が、生涯で一度だけ人を殺したことがある。それはいつものことではあるが、自分と彼だけの秘密だった。
蒼河がどこにいるのかを探し当てるのはいつも自分の役割で、それは他の誰かが彼を探しに出かけてもさっぱり――それはもう確信犯的に――姿を見せないからだが、今度ばかりは羽水も二の足を踏んだ。蒼河の行き先がわからなかったからではない。ただ、彼を探し当ててしまうことが怖かったからだ。
だが――そう、血の匂いがする。半ば確信に近い予想を、その匂いが後押しした。
一族の優美な銀の毛皮を狙う狩人は、めずらしくもない。だが今回は運が悪かった。
子どもが攫われた。蒼河はそれを追って外の森に出た。幼馴染みの親友は、周囲から思われているほど気長でも平和主義者でもない。むしろ血が濃い分、あれの本質はケダモノに近い。羽水はひそかに、哀れな狩人の無事を祈った。
森には何箇所か、ぽっかりと広場のような空間ができている。血の匂いを辿り、勘とともに急く足を進めると、羽水はそのひとつに出た――禊ぎの泉が湧く場所だ。水際にはくったりと気を失った子どもが倒れ、その子の顔にこびりついた血を、これまた血で汚れた指先で蒼河が拭っていた。
「――どこに放ってあるんだ」
「そこの藪抜けたところ。もう死んでるよ、魔法使うほどもなかった」
そういうことを言いたいんじゃない、と怒鳴りたかったが、よくよく見れば手も着ていた服もべっとりと血で汚した蒼河は、その匂いに滾るでもなくむしろ呆けた顔をしていた。子どもに飛んだ血を拭っているかと見えた行為も、どうやら手慰みでしかなかったらしい。それで羽水は、すぐそこまで出しかけた罵声をどうにか胃の奥に押し込んだ。
「手、洗え。そんな手で拭いたんじゃ余計汚れる」
言いながら乱暴に手首をつかむと、初めて子どもに触れていたことに気づいたとばかり、蒼河は目を瞬かせた。ああ、うん、そうだね、とぼやきながら、ぱしゃんと泉に手を突っ込む。羽水は羽水で袖を少しだけ濡らして、子どもの顔を拭ってやった。
「――ねえ羽水。思い出したんだけどさ、僕、人を殺したのは初めてなんだ」
多分これが最後だとも思うんだけど、と普段饒舌な親友がめずらしく回りくどい。蒼河の言いたいことなど元からわかりすぎるほどにわかっていたから、羽水は口の端をゆがめて笑った。
「俺とお前の秘密なんだろ?」
瞬間、実にあどけなく笑った蒼河の手は、水の中でまだ赤い色をしていた。
死体は森の、村から離れたところに二人で穴を掘って埋めた。血で汚れた服は羽水が燃やした。子どもの記憶は蒼河が消した。
そうしてその日の出来事は、かつてとこれからのいくつかと同じ、二人だけの秘密になった。
蒼河がどこにいるのかを探し当てるのはいつも自分の役割で、それは他の誰かが彼を探しに出かけてもさっぱり――それはもう確信犯的に――姿を見せないからだが、今度ばかりは羽水も二の足を踏んだ。蒼河の行き先がわからなかったからではない。ただ、彼を探し当ててしまうことが怖かったからだ。
だが――そう、血の匂いがする。半ば確信に近い予想を、その匂いが後押しした。
一族の優美な銀の毛皮を狙う狩人は、めずらしくもない。だが今回は運が悪かった。
子どもが攫われた。蒼河はそれを追って外の森に出た。幼馴染みの親友は、周囲から思われているほど気長でも平和主義者でもない。むしろ血が濃い分、あれの本質はケダモノに近い。羽水はひそかに、哀れな狩人の無事を祈った。
森には何箇所か、ぽっかりと広場のような空間ができている。血の匂いを辿り、勘とともに急く足を進めると、羽水はそのひとつに出た――禊ぎの泉が湧く場所だ。水際にはくったりと気を失った子どもが倒れ、その子の顔にこびりついた血を、これまた血で汚れた指先で蒼河が拭っていた。
「――どこに放ってあるんだ」
「そこの藪抜けたところ。もう死んでるよ、魔法使うほどもなかった」
そういうことを言いたいんじゃない、と怒鳴りたかったが、よくよく見れば手も着ていた服もべっとりと血で汚した蒼河は、その匂いに滾るでもなくむしろ呆けた顔をしていた。子どもに飛んだ血を拭っているかと見えた行為も、どうやら手慰みでしかなかったらしい。それで羽水は、すぐそこまで出しかけた罵声をどうにか胃の奥に押し込んだ。
「手、洗え。そんな手で拭いたんじゃ余計汚れる」
言いながら乱暴に手首をつかむと、初めて子どもに触れていたことに気づいたとばかり、蒼河は目を瞬かせた。ああ、うん、そうだね、とぼやきながら、ぱしゃんと泉に手を突っ込む。羽水は羽水で袖を少しだけ濡らして、子どもの顔を拭ってやった。
「――ねえ羽水。思い出したんだけどさ、僕、人を殺したのは初めてなんだ」
多分これが最後だとも思うんだけど、と普段饒舌な親友がめずらしく回りくどい。蒼河の言いたいことなど元からわかりすぎるほどにわかっていたから、羽水は口の端をゆがめて笑った。
「俺とお前の秘密なんだろ?」
瞬間、実にあどけなく笑った蒼河の手は、水の中でまだ赤い色をしていた。
死体は森の、村から離れたところに二人で穴を掘って埋めた。血で汚れた服は羽水が燃やした。子どもの記憶は蒼河が消した。
そうしてその日の出来事は、かつてとこれからのいくつかと同じ、二人だけの秘密になった。
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