表現方法。

2005年1月18日 長編断片
 もぎとられた右腕と潰された左目を、暗闇に身をひそめながら思う。あの女は同族の身体を食った。ならば殺さねばなるまい――だがその前に、食っておきたい。食って体力をつけなくては勝てない。ああ、でも、それよりももっと切実に思うことがある。
 ――真司、君に会いたい。
 貧血で青ざめて、それでも彼女はくつりと笑った。

 食う気はなかった。だからひとりで出ていった。さようならと、それきり書いたメモを残して。だが少女の傍らでこちらを睨む青年を見て思い出した。自分たちには、もうひとつの方法もあったのだと。
 けれどもその選択は、あるいは二つ並べた内のより残酷な方で、だから彼女は無意識にそちらを選びとる道を自ら閉ざしたのだろう。いや、彼女自身はわずかな痛みに耐えるきりだからかまわない。だが彼が失うものはずっとずっと大きな、彼女になど払えそうにないほどのものだった。愛した者にそうした喪失を強いることは、彼女の本意ではなかった。
 ――すでにこの少女は狂っている、と感じた。自分たちの倫理は、愛した者をバケモノにすることを許しはしないはずなのだから。
 愚かなことだ、と笑う。食わずにはいられない、そういうものだ、生き物というのは。「生きる」という行為そのものに対しての原始的な欲求は、少女を育てた人間とてやめようとはしなかっただろうに。それでもなお飢えから目を背け、辿り着いた結果が死よりもまだ悪い気狂いなど、哀れで――愚かなことだ。
 彼女はくつくつと笑った。こんなに愉快な気分になるのは、十数年か、ひょっとすれば数十年ぶりでさえあるかもしれない。狂った同族に復讐を唱えられることなど、彼女の長い一生でさえ、一度でもあることではなかった。
 少女と青年が飛びかかってくる寸前に、彼女は甘くささやいた。愛してる、だからひとりで来たんだよ。

 おあつらえ向きなことに雨まで降ってくるという事態は、いかにこの身体が人間よりは多少頑丈なバケモノであってもうれしいことではない。それでも彼女はくふんと寂しげに笑ったきり、その場を動こうとはしなかった。
 腹が減っている。血が足りない。右腕と左目が燃えるようだ。だがそれよりも、たったひとりの人間に、男に会いたい。
 水溜まりを踏む足音が、彼女の耳に聞こえた。

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