せっかく彼女に直してもらった手足はもう動かない。腹には勝手にふさがるわけでもない傷がばっくりと開き、中の詰め物をみにくく晒している。与えてもらった声は、少し前にしぼり出すことが困難になった。
 このままいつか道ばたに転がっていた時のような、無力な人形にもどるのだろう。

 新たな主人は自分を好いてはくれなかった――愛玩動物ほどにも。幼い少女は言った。ヒト型の人形なんて、キモチガワルイ、と。だから彼女がかけてくれた魔法は解けて、自分はほどなく動くことも喋ることもない、普通の人形にもどってしまう。
 そのこと自体に恨みはない。彼女が行ってくれと頼んだ。自分はそれを了承した。約束はただそれだけのもので、その後の生活まで彼女は関与しないことを、初めから知っていた。
 ただ、と彼は物置の片隅に埃まみれで転がりながら、おぼろに考える。ただ、彼女にもう一度だけでかまわない、会いたい。やさしい手を持つ魔女、彼の創造主に。
 会ってなにをしたいわけでもない。それでも最期に笑ってもらえたなら、あるいは目を覚ましたあの日のように頭をなでてもらえたら、きっとそれだけで自分の魂は天へと上ることができるだろう。そもそも人形に魂があるのかどうかはわからないが。
 主人を持ってなおそんなことを思う自分を、少し笑った。いや、もう笑うこともできなかったから、笑いたい気分なのだろう。
 他の人形も、こんなことを考えたのだろうか。魔法が解けて、なにもわからなくなってしまう寸前に、もう一度彼女に会いたいなどと? もしもそうならばこれは人形に仕込まれた本能と言えるが、それよりも、自分が彼女を想いすぎるあまりの特別な現象なのだと信じたかった。自分は特別なひとつなのだと。
 たとえ君にとって俺が単なる人形のひとつだったとしても、ブランシュ、君は俺にとってたったひとりの――

 どこか遠い街のある家で、魔女は人形の壊れる音を聞いた。

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