Chrysanthemum.
2004年11月21日 長編断片 ひどく飢えている。だが、生きている。
ならばあの女はつみびとなのだ。
母の命日には、父とそれから当時から近所に住む、兄と慕った青年とともに花を供えに行く。それが毎年のことだった。今年は少しちがう。花を供えるのは自分と青年の二人きりで、供えられる方は二人に増えた――父だ。
やさしい両親だった。この人たちがそれはしてはならないと言うのなら、狂おしいほどの飢餓感にも耐えてみせようと思うほどに。そうして実際、耐えた。両親と暮らしてから十数年というもの、彼女は肉を喰らっていない。
無論、飢えていた。初めの数年は何度家族を喰い殺そうとその背後に忍び寄り、ためらい、その挙げ句に与えられた部屋で悶え苦しんだかわからない。だが、今彼女は生きている。別段体の具合がおかしいわけでもない。むしろ感覚は鋭く冴えている。
人というものを喰らう必要などないのだと体現した自分だからこそ、こんな人間じみたことを思うのかもしれない。あの女は、喰ってはならないものを食った女は、つみびとなのだと。だから、
――殺してやる。
あの女の大切なものを。かつて自分が自分の大切なものを喰われたように、そのためならば長年の禁忌をも犯してやろう。ひそかに固めた決意に、胃がぞろりと動いたような気がした。
「――どうした? 具合でも悪いのかい」
「…いえ、なんでもないです」
気遣わしげに声をかけてきた青年に、彼女はそっと微笑んだ。
守らねばなるまい。人を喰らってでも、残された唯一の家族を。そうして、復讐せねばなるまい。人を喰らってでも、逝ってしまった家族たちのために。
瞬間、彼女はかつてのひどい飢餓感を思い出したような気がした。
ならばあの女はつみびとなのだ。
母の命日には、父とそれから当時から近所に住む、兄と慕った青年とともに花を供えに行く。それが毎年のことだった。今年は少しちがう。花を供えるのは自分と青年の二人きりで、供えられる方は二人に増えた――父だ。
やさしい両親だった。この人たちがそれはしてはならないと言うのなら、狂おしいほどの飢餓感にも耐えてみせようと思うほどに。そうして実際、耐えた。両親と暮らしてから十数年というもの、彼女は肉を喰らっていない。
無論、飢えていた。初めの数年は何度家族を喰い殺そうとその背後に忍び寄り、ためらい、その挙げ句に与えられた部屋で悶え苦しんだかわからない。だが、今彼女は生きている。別段体の具合がおかしいわけでもない。むしろ感覚は鋭く冴えている。
人というものを喰らう必要などないのだと体現した自分だからこそ、こんな人間じみたことを思うのかもしれない。あの女は、喰ってはならないものを食った女は、つみびとなのだと。だから、
――殺してやる。
あの女の大切なものを。かつて自分が自分の大切なものを喰われたように、そのためならば長年の禁忌をも犯してやろう。ひそかに固めた決意に、胃がぞろりと動いたような気がした。
「――どうした? 具合でも悪いのかい」
「…いえ、なんでもないです」
気遣わしげに声をかけてきた青年に、彼女はそっと微笑んだ。
守らねばなるまい。人を喰らってでも、残された唯一の家族を。そうして、復讐せねばなるまい。人を喰らってでも、逝ってしまった家族たちのために。
瞬間、彼女はかつてのひどい飢餓感を思い出したような気がした。
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