一方通行。
2004年9月8日 アクア=エリアス(?) あなたを愛してはいるけど、たったひとつのものじゃないの。そう告げると、夫は笑って僕も同罪だからね、と言った。
夫にとっての、自分の兄。息子にとっての、姪。あるいはその逆も然りで、彼らに彼らの唯一のものを尋ねたら、互いの名前が返ってくる。そんなことは知っていた。
そもそも夫の『唯一』が妻たる自分ではないという時点でなにか間違っている気もするのだが、では自分の『唯一』はなんなのだろうと考えてみると、これが周囲にはいまひとつ思い当たらない。
夫は強い人だし時折甘えたがりではあるけれど、甘やかすのは兄の役割だから、愛おしくは思ってもそれだけだ。息子はこれが夫の血を引いたらしく、どうも親から若くして自立しているし、娘は息子――彼女にとっての兄――に依存して、両親を顧みようともしない。
ただ、実の兄については、いまだに少しばかり拘泥していないでもない。それはおそらく、彼が水に愛されているからなのだろう。
昔、村外れの川辺に住んでいた自分たち一家にとって、同じ一族とはいえ月を唯一絶対神と崇める人々はどこか異質だった。異質たるものの頂点に交わった今ならば、わかる。あのころ、異質だったのは彼らではなく、水を盟友とする他ならぬ自分たちだった。
盟友、イコール水守の家系の純血――それはたしかに力無い血ではあったが、一族の頂点の血筋と同じぐらい濃く練り込まれていた――を受け継いだ両親たちは、お互いを『唯一』とは見ていなかった。彼らの思いの丈を注ぐべき対象は水だった。彼らの子どもである自分たちもまた水に愛されたのは、だから当然のことだったのだ。
愛されれば、愛さざるを得ない。
ことに他に想いを寄せるべき相手がいなかった自分の中で、水は確固たる地位を築いて行った――けれども、兄。彼は自分よりもなお水に愛されていながら、彼らを唯一の友とはしなかった。兄を奪い取って放さない男がいた。それが、夫だ。
夫となった男は考えてみれば哀れな人で、兄以外に縋る相手が誰一人としていなかった。だから自然と彼の『唯一』は兄になったのだろう。そうして兄もまた、男を自らの『唯一』と定めたのだ。
愛している、だから愛されたいのだと嘆く水に、囁いたのはまだ少女のころだった。――私にとって、他に大切なものはなにもない。
歪な相互関係は、こうして始まったのだった。
愛している、けれどたったひとつには成り得ない。それは、兄が水たちに告げたと同じ、残酷な言葉だった。
夫にとっての、自分の兄。息子にとっての、姪。あるいはその逆も然りで、彼らに彼らの唯一のものを尋ねたら、互いの名前が返ってくる。そんなことは知っていた。
そもそも夫の『唯一』が妻たる自分ではないという時点でなにか間違っている気もするのだが、では自分の『唯一』はなんなのだろうと考えてみると、これが周囲にはいまひとつ思い当たらない。
夫は強い人だし時折甘えたがりではあるけれど、甘やかすのは兄の役割だから、愛おしくは思ってもそれだけだ。息子はこれが夫の血を引いたらしく、どうも親から若くして自立しているし、娘は息子――彼女にとっての兄――に依存して、両親を顧みようともしない。
ただ、実の兄については、いまだに少しばかり拘泥していないでもない。それはおそらく、彼が水に愛されているからなのだろう。
昔、村外れの川辺に住んでいた自分たち一家にとって、同じ一族とはいえ月を唯一絶対神と崇める人々はどこか異質だった。異質たるものの頂点に交わった今ならば、わかる。あのころ、異質だったのは彼らではなく、水を盟友とする他ならぬ自分たちだった。
盟友、イコール水守の家系の純血――それはたしかに力無い血ではあったが、一族の頂点の血筋と同じぐらい濃く練り込まれていた――を受け継いだ両親たちは、お互いを『唯一』とは見ていなかった。彼らの思いの丈を注ぐべき対象は水だった。彼らの子どもである自分たちもまた水に愛されたのは、だから当然のことだったのだ。
愛されれば、愛さざるを得ない。
ことに他に想いを寄せるべき相手がいなかった自分の中で、水は確固たる地位を築いて行った――けれども、兄。彼は自分よりもなお水に愛されていながら、彼らを唯一の友とはしなかった。兄を奪い取って放さない男がいた。それが、夫だ。
夫となった男は考えてみれば哀れな人で、兄以外に縋る相手が誰一人としていなかった。だから自然と彼の『唯一』は兄になったのだろう。そうして兄もまた、男を自らの『唯一』と定めたのだ。
愛している、だから愛されたいのだと嘆く水に、囁いたのはまだ少女のころだった。――私にとって、他に大切なものはなにもない。
歪な相互関係は、こうして始まったのだった。
愛している、けれどたったひとつには成り得ない。それは、兄が水たちに告げたと同じ、残酷な言葉だった。
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