僕が月なら羽水は星だ、なんて馬鹿げたことを言うから、いい年した男が馬鹿らしい、と怒ってやった。

 月がなくては生きてはいけない種族だから、住まう惑星よりも小さい、時によって金や銀や赤に色を変える衛星の必要性は認めている。というよりもむしろ、科学的な価値以上のものを、そこに置いている。だが、その他の星となると、もうなんのためにそこにあるのだかわからない。
 自分の存在というのは要するにそういう、実に役に立たないものなのだと、羽水はしばしば思う。実際、家柄も良く力もある親友の傍にいると、いつでも自分は添え物扱いだ――それを恨んだことは、滅多にないが。
 少年期にありがちな憂鬱と言ってしまえばそれまでだが、羽水の場合は根が深い。なにしろ大して長くもない人生のほとんど、というよりすべてに、親友の存在があったのだから。
 その、嫌味なくらいに欠点のない親友は、机を並べて星々の勉強をしている時に、それじゃあ僕は月かなぁ、とぼんやりつぶやいた。あながち外れてもいないから逆に腹が立つ。ああそうだな、と投げやりな返事をしただけで、羽水は彼から視線を外した。彼を見ていると、ひどいことを怒鳴りつけてしまいそうだったので。
「……なんか怒ってない、羽水?」
 ところがしばらくして、親友はまるで恐る恐ると言ったふうにこちらを見上げてきた。羽水はひく、と喉が震えるのを――図星だったが故に――感じたが、視線を手元に落としたまま首を横にふった。
「怒ってない」
「嘘だ、声が怒ってる」
「怒ってない」
「羽水ー、機嫌直そうよ、ほら」
 ぷつ、となにかの切れる音を、羽水はどこかで聞いたような気がした。
「機嫌直せって言うならお前が黙れ、蒼河!」
 言ってしまってから、しまったこんな口を利くものではないと思ったが、遅かった。結局引っ込みがつかずに羽水は曖昧に視線をうろつかせ、再び手元の星座図に見入る。月のない星空は、なんだかひどく空虚に見えた。
「……別に、自慢しようとか思ったんじゃないんだけどさ」
 目もくれない羽水を伺い、遠慮するようにぽつぽつと親友が言う。
「僕はさぁ、月よりも星の方がすごいと思うんだよ。星はあんなに遠くにあるのに、ここからだって見える。でも月は――近いから見えるだけで」
 羽水はあいかわらず黙っていたが、わずかに肩を揺らして先をうながした。どうしてなのだろう、強い親友は、何故かいつでも羽水に疎まれることこそを恐れているようだった。今も、そうだ。
「羽水はすごいよ。僕は羽水みたいにはなれない。僕は、僕が霧生蒼河でちょっと力が強いから、月みたいに見えるだけなんだ」
 だから、とひどく弱々しい声で親友が喘ぐ。羽水が心配になって顔を上げると、正面で彼は笑っていた。
「僕が月なら、羽水は星だ」

 ――馬鹿らしい、星はいつでも月に憧れていると言うのに、月はそれに気づきもしない。

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