ハレの日。

2004年7月25日 長編断片
 夕方、遠くから聞こえてくるお囃子を耳にして、俺の隣で早姫がもそりと体を起こした。裸のままで窓の方までにじり寄って行って、迷惑なことにそのまま外をながめている。
 ご近所さんに変態だと思われたくはなかったので、俺は早姫のほしがってる答えをさっさとくれてやった。
「昨日が宵宮で、今日が本宮だってよ。行くか?」
 言いながら携帯を見ると、時間はちょうど六時だった。これから二三時間、祭りを見に行くのにはちょうどいい時間だ。
 こういうハレの場が大好きな早姫は、普段のにま、というのじゃなくてぱっと笑って、行く、と大きくうなずいた。俺はそれを見て、ああ、こいつ可愛いなと素直に考えた。バケモノ相手に、馬鹿な話だ。

 一体どこから調達してきたのか、早姫は俺が着替えてる間に、浴衣なんぞ着ていた。まぁ、深くは追求するまい。そもそもこいつの存在自体、勝手に出てきた浴衣よりも不思議なんだから。
 駅前の歩行者天国になった道路には、たくさんの山車や神輿、それから露店が出ていた。早姫は俺のサイフの中身も考えないで、あんず飴だのわたがしだのチョコバナナを食いまくった。食ったのが甘いものだけというのが、バケモノながら女らしくてなんだかおかしかった。
 早姫はあんず飴をしゃぶりながら山車の上で狐が踊ってるのを見て、そういえば元気かなぁ、と俺にはよくわけのわからないことをつぶやいた。たぶん、どこかの街かひょっとしたら山の中にでも、狐の知り合いがいるんだろう。俺は別に根拠もなくきっと元気だろと適当なことを言ったが、早姫はうんそう思う、とちょっと笑った。

 それから二人でおかめとひょっとこが踊ってる山車を見たり、喧嘩神輿を見たりして、家に帰ろうと行って歩き始めたのはもう九時過ぎだった。早姫はまたしても俺にねだったハッカパイプをくわえて、飼うアテのない金魚の入った袋を片手に持っていた。帰ったら洗面器に出してやろう、と思った。
 お囃子の音がまだかすかに聞こえる、でも人通りのない辺りまで来ると、早姫はいつも真夜中の公園帰りにそうするように、俺にキスをねだってきた。この女は、とても即物的だ。
 一度舌をからませるキスをして、その後じゃれ合うように笑いながら髪をさわり合ったり顔のパーツをいじりまわしたりしながら、早姫はまたいつもとはちがう、ぱっとした笑顔で言った。
「また来年も行こうね」
 俺がうなずいたのは、言うまでもない。

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