王女。
あなたがずっと、薄暗がりの中でまどろんでいてくれることを願う。あなたから不当に奪われたものを再び享受して、愛情の中できれいなものだけを感じていてほしい。
――目が覚めたら、俺の裏切りが待っている。
彼女に見せていない、見せることなどできはしない側面が多すぎた。中でも最大の隠し事と言えば、露見した瞬間に首を落とされても文句の言えないほどのことで、別にそうされることは怖くはないのだけれど、少しでも長く彼女の傍にいるために、彼はやさしい嘘をささやき続けていた。
けれども、だからといっていつまでも目隠しをさせたままでおくわけにもいかなかった。なぜなら、また目が見えるようになるかもしれないの、と言った彼女がひどくうれしそうだったからだ。
「愛するひとが笑っていることが、人としての幸せだと父が言っていました」
だから、わたくしの初めて見るものは、あなたがいいのです。そう言って、彼女と他愛もない約束をしたのは、つい昨日のことだった――目を開けたら、真っ先に見える場所にいる、と。
謁見の間につめかけたたくさんの貴族や高級官僚の最前列で、彼はぼんやりとそんなことを思い出していた。この場所に立っていれば少なくとも彼女との約束を果たすことはできるだろう。……約束を果たすことで、彼女が喜ぶかどうかは非常に疑問だったけれど。
大勢のひとびとの見守る中、まるで戴冠式の洗礼のように優雅なしぐさで老婆の祝福を受け、彼女はゆっくりと目を開いた。ああ、あの日見た時とそっくり同じ、なんときれいなブルーアイ。彼はゆるゆると唇の端を持ち上げて、微笑んだ。
けれども、約束どおりにまっすぐその笑顔を見すえた彼女の表情が、傍目にもわかるほどに引きつった。
「――人殺し!」
かすれた声の絶叫がその場の皆の鼓膜を震わせ、愕然とさせた。
「わたくしは――忘れません。あなたが殺した、わたくしの家族を!」
ぞっとするほどの憎悪の中、彼は約束どおりに微笑み続けていた。それはまずまちがいなく、彼女の誤解を招いただろう。ふてぶてしくも残された者を嘲り笑う、残忍な暗殺者という誤解を。
彼はそっと目を伏せて、その誤解を甘んじて受け入れた。
王女。
あなたは聡明な人だ。だから真実に目を閉じていることなど、けしてできはしないだろう。それならそれでもかまわない。暗殺者と詐欺師の汚名をこの背に負って、俺だけが地獄に堕ちていく。
けれども王女。
もしもあなたが愚かなひとであったなら、俺はそうしようとは思わなかった。
あなたがずっと、薄暗がりの中でまどろんでいてくれることを願う。あなたから不当に奪われたものを再び享受して、愛情の中できれいなものだけを感じていてほしい。
――目が覚めたら、俺の裏切りが待っている。
彼女に見せていない、見せることなどできはしない側面が多すぎた。中でも最大の隠し事と言えば、露見した瞬間に首を落とされても文句の言えないほどのことで、別にそうされることは怖くはないのだけれど、少しでも長く彼女の傍にいるために、彼はやさしい嘘をささやき続けていた。
けれども、だからといっていつまでも目隠しをさせたままでおくわけにもいかなかった。なぜなら、また目が見えるようになるかもしれないの、と言った彼女がひどくうれしそうだったからだ。
「愛するひとが笑っていることが、人としての幸せだと父が言っていました」
だから、わたくしの初めて見るものは、あなたがいいのです。そう言って、彼女と他愛もない約束をしたのは、つい昨日のことだった――目を開けたら、真っ先に見える場所にいる、と。
謁見の間につめかけたたくさんの貴族や高級官僚の最前列で、彼はぼんやりとそんなことを思い出していた。この場所に立っていれば少なくとも彼女との約束を果たすことはできるだろう。……約束を果たすことで、彼女が喜ぶかどうかは非常に疑問だったけれど。
大勢のひとびとの見守る中、まるで戴冠式の洗礼のように優雅なしぐさで老婆の祝福を受け、彼女はゆっくりと目を開いた。ああ、あの日見た時とそっくり同じ、なんときれいなブルーアイ。彼はゆるゆると唇の端を持ち上げて、微笑んだ。
けれども、約束どおりにまっすぐその笑顔を見すえた彼女の表情が、傍目にもわかるほどに引きつった。
「――人殺し!」
かすれた声の絶叫がその場の皆の鼓膜を震わせ、愕然とさせた。
「わたくしは――忘れません。あなたが殺した、わたくしの家族を!」
ぞっとするほどの憎悪の中、彼は約束どおりに微笑み続けていた。それはまずまちがいなく、彼女の誤解を招いただろう。ふてぶてしくも残された者を嘲り笑う、残忍な暗殺者という誤解を。
彼はそっと目を伏せて、その誤解を甘んじて受け入れた。
王女。
あなたは聡明な人だ。だから真実に目を閉じていることなど、けしてできはしないだろう。それならそれでもかまわない。暗殺者と詐欺師の汚名をこの背に負って、俺だけが地獄に堕ちていく。
けれども王女。
もしもあなたが愚かなひとであったなら、俺はそうしようとは思わなかった。
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