周りにいたひとびとのように、約束されていたような熱烈な感情や、あるいは長い間あたためていたような思いがあったわけではない。ただ気づけばなんとなく傍にいて、そうしていることが心地よいと思えた。だから、今もこうしてその人の隣で生きている。

 母が逝き、父もほどなくして亡くなったと、最後に残された叔父から聞いた。従弟ではなく彼が伝言役にやってきたのは意外なはずだったのだけれど、蒼呼はまったく疑問に思わなかった。それだけ動転していたのだと、だいぶ経ってから気づいたのは誰にも言えない。
 家族をすべて失ったという喪失感と、とうとう残された者が自分だけになってしまったのだという責任感に呆然としていた時間は、ずいぶんと長かったらしい。気づくととうの昔に叔父はいなくなっていて、代わりに出かけていたはずの男がもどってきていた。
「どした?」
 彼の手がそっと頭に伸びて、くしゃりと蒼呼の髪をかきまわした。あざやかな赤毛と、こまったような微笑がふと目に入って、なぜだか泣きたくなった。
「お父さんが、月に行ったって。今さっき、叔父さんが来て」
 途中でそれ以上言葉を続けることができなくなって、目の前で立ち尽くす男をぎゅ、と抱き寄せた。腕を通して脳でしっかりと認識できるぬくみを、今よりももっとありがたいと思ったことは、かつてなかったように思える。
 なんて世の中は不思議なんだろう、と鼻を鳴らした。父も母も、もっとさかのぼって兄だって、今腕の中にいる彼と同じようにあたたかかったのに、気づけばみんな月に行ってしまった。
「――泣くなよ」
「…泣いてないもん」
「嘘つけ。ほら、蒼呼」
「泣いてない。泣いてないけど……どこにも、行かないで」
 男は小さく笑って、なんでこんな時に出かける馬鹿がいるんだよと言ったけれど、ああ、彼はちっともわかっていない。今この場だけではなくて、一生どこにも行かないでと言いたかったのに。
 愚かな間違いを訂正する気にもなれずに、しばらく男を抱きしめていた。

 甘えたがりで愛情に貪欲な父から、どうも兄も自分もその性質を受け継いでしまっているようだった。父のように、他のものなどなにもいらないと言えるほどに強くはないけれど、独りきりで残されたくはないと思う程度には、彼のことが好きだった。

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