彼は独りでも生きてゆくことのできる男だと、初めから知っていた。
 自分との関係は、傍目には自分が彼を守っているとか憐れんでいるとか、あるいは彼が依存しているとか、そういうふうにしか見えなかったにちがいない。だが実際のところは逆で、守られているのは自分の方だったし、依存しているのも自分だった。彼はくだらないお芝居に、昔からずっと付き合ってくれていた。お前は他にどうしようもないんだから、しかたないな。時折そんなふうに苦笑してみせることさえあった。
 ――親友の話だ。

 一番初めに逝ったのは、妻だった。続けて従妹が逝き、男二人が残された。そして今、蒼河も月に召されようとしている。別に不満に思うわけでもないしやり残したこともないが、もう少しこの世にいたかったなぁとは思う。
 その一番の理由と言えば、やはり今傍らでぼんやり月をながめている、親友なのかもしれない。昔から優先順位の一番上に来るのは、いつだって彼、羽水――ごくまれに妻――だった。
「…なんだ、起きたのか」
「寝てばっかりだからね。夜になると目も冴えるよ」
 笑ってみせると、月明かりの中、そりゃそうかと羽水も笑った。そう言う彼の方は眠くはないのかと蒼河は少し不思議に思ったが、あるいは羽水も、昼間に寝ているのかもしれなかった。
 お互い目が冴えているのなら、少しくらいは馬鹿な話をしてもかまうまい。蒼河は上半身を起こして、会話をする体勢に入った。羽水は、止めなかった。
「月代はうまくやってる?」
「忙しいらしくて、家にも帰ってこない。俺もお前につきっきりだし、あれじゃ家の方がかわいそうだな」
「別に四六時中いなくたっていいのにさ。たまには帰れば?」
 そうすすめると、羽水はちょっと肩をすくめて、
「だってお前、昔からひとりにするとうるさいだろ」
 蒼河の頭をくしゃりと撫でた。
 なるほど、よくわかっている。甘えたがりの蒼河を正確に把握して、あまつさえ甘えさせてくれるのは、昔から羽水しかいなかった。
 その思いやりが嬉しくて、思わず蒼河は笑った。これだから、ついつい依存してしまうのだ、彼には。
 屈託のない笑顔に、羽水はひどく大きなためいきをついた。蒼河には彼が辛そうな理由が、よくわからなかった。
「……俺はさ、蒼河」
 ずいぶん経ってから、ぽつりと羽水がこぼした。
「できるならお前と一緒に逝ってやりたいんだ」
 蒼河は、ひとりじゃ生きていけないだろ。
 同じ月の光を浴びて生まれ、育った親友に理解してもらえることが、ひとりで逝かなければならない蒼河のなによりのなぐさめだった。

 彼を残して逝きたくなかったのではない。自分が独りで逝きたくなかったという、ただそれだけの話だ。
 エゴイスティックなのは昔からで、そういう自分を受け入れてくれる羽水という存在が、蒼河には必要だった。

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