そう遠くない未来に彼女が来てしまうことはわかっていたが、それにしたってもう少し向こうにいればいいものを、といっそ憤りを覚えた。だいたいこちら側に渡ってくることなどそうそうむずかしいことではなく、その気になればいつだって実行できたはずなのだから、子どもたちのめんどうをもうしばらく見ていれば良かったのだ。
自然、ためいきがこぼれた。
「今からでも遅くないですから、帰ったらどうですか」
ひどくうれしそうに己の名前を呼び、飛ぶように走ってきた女の身体を受け止めて、彼は苦笑いを浮かべた。自分なら、いつまででもここであなたを待っているから、と。けれど彼女は傷ついたふうに首を横にふり、どうして、と彼を責めた。
「十五年だ、あなたがいなくなって」
独りきりで、決心しなければ行けもしない場所を夢見るには、十五年はひどく長かったのだと、彼女は言う。
「それなのに、またもどれって? そんなのは残酷だ……」
最後の方はかすれた小さな声でうったえる彼女を、退けることはできそうにもなかった。結局昔、もう彼にとっては本当に遙か昔に思えたが、当時から、彼女には一度も勝てた記憶がない。
うつむいてしまった彼女の頭をなでて名前を呼ぶと、彼は素直に謝った。ごめんなさい、と。それで彼女が顔を上げてくれたので、彼にもようやく、彼女のきれいな琥珀色の目が見えるようになった。
「正直、あなたにはもっと生きていてほしかったんです。俺に付き合ってこんなところに来る必要は、なかった」
「それはちがうよ。私があなたのそばにいたかった。それだけなんだから、あなたが気にすることじゃない」
にこりと笑った彼女は、昔と変わらない力で、彼を屈服させた。
寂しくなかったと言えば嘘になる。だが、もうあと二十年やそこら思い出だけを頼りに待ち続けることも、不可能ではなかった。
それなのに彼女を受け入れてしまったのは、やはり溺れているからなのだろう。腕の中に飛び込んできた魔女を再び手放すことができるほどに、昔も今も強くはない。
かたわらに、半身とも頼んだ相手がいないことに拘泥していたのは、むしろ自分だったのかもしれない。久しぶりに彼女を抱きしめながら、彼の理性はふとそんなことをつぶやいた。
自然、ためいきがこぼれた。
「今からでも遅くないですから、帰ったらどうですか」
ひどくうれしそうに己の名前を呼び、飛ぶように走ってきた女の身体を受け止めて、彼は苦笑いを浮かべた。自分なら、いつまででもここであなたを待っているから、と。けれど彼女は傷ついたふうに首を横にふり、どうして、と彼を責めた。
「十五年だ、あなたがいなくなって」
独りきりで、決心しなければ行けもしない場所を夢見るには、十五年はひどく長かったのだと、彼女は言う。
「それなのに、またもどれって? そんなのは残酷だ……」
最後の方はかすれた小さな声でうったえる彼女を、退けることはできそうにもなかった。結局昔、もう彼にとっては本当に遙か昔に思えたが、当時から、彼女には一度も勝てた記憶がない。
うつむいてしまった彼女の頭をなでて名前を呼ぶと、彼は素直に謝った。ごめんなさい、と。それで彼女が顔を上げてくれたので、彼にもようやく、彼女のきれいな琥珀色の目が見えるようになった。
「正直、あなたにはもっと生きていてほしかったんです。俺に付き合ってこんなところに来る必要は、なかった」
「それはちがうよ。私があなたのそばにいたかった。それだけなんだから、あなたが気にすることじゃない」
にこりと笑った彼女は、昔と変わらない力で、彼を屈服させた。
寂しくなかったと言えば嘘になる。だが、もうあと二十年やそこら思い出だけを頼りに待ち続けることも、不可能ではなかった。
それなのに彼女を受け入れてしまったのは、やはり溺れているからなのだろう。腕の中に飛び込んできた魔女を再び手放すことができるほどに、昔も今も強くはない。
かたわらに、半身とも頼んだ相手がいないことに拘泥していたのは、むしろ自分だったのかもしれない。久しぶりに彼女を抱きしめながら、彼の理性はふとそんなことをつぶやいた。
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