過ぎる熱。

2004年4月27日 長編断片
 それは歓喜だった。いっそ泣き出してこの喜びを誰彼かまわず伝えたいほどの。だが例えて言うのなら、恐怖にも似ていたかもしれない。自分がしでかしてしまったことの大きさに、手がふるえてしかたがなかった。
 泣いていたのが、うれしかったからなのか哀しかったからなのか、モーガンにはわからなかった。

 後悔をするわけではない。実際に、腹をくくって自分はここにいるはずだった。それでも、数十時間ぶりであるはずの眠りを手に入れ、あどけない寝顔の男を見やるだに、どうしようもないほどの背徳感に襲われた。彼のきれいな金髪を梳く指先でさえ、ふるえていた。こんなふうでは、うっかり彼を起こしてしまうのではと焦るほどに。
 どうして手に入れてしまったのだろう、とうつむいて、自身の胸をつかんだ。ぎちりと爪がいやな音を立てて肌に食い込む。五つの爪痕が大罪の証のように血を流し、きれいに整えた爪を汚した。
 好きになることはかまわなかった。愛したとしても許されただろう。傲慢にも、彼のそのあたたかな手を取らないかぎりは。神とてそのくらいの寛大さは持ちあわせていたはずだ。
 熱を得ることをもとめてはならない。冷たく凍った時の中、魔女は朽ちずに佇むべきだった。それでも無視し続けるには、心は冷えすぎていたし彼の手はあたたかすぎた。
 相手が眠っているのをいいことに、泣き出しそうになりながらつぶやいた。ごめんね、と。もはや彼を突き放すことは不可能なことだったから、ごめんね、と。それが利己的な魔女に彼の生涯を付き合わせてしまったことへの、せめてもの謝罪だった。

 なるほど、すでに逝ってしまったもうひとりの魔女は、愛情など手に入れることはできなかった。けれども、途方もない罪悪感にさいなまれながら熱を受け入れることの辛さを、彼女は知らない。
 一体どちらの女が幸せなのか、あるいは不幸なのか、モーガンには判断する術もなかった。だからなのかもしれない。涙がこぼれたのは。

コメント