手を出さないで。ごくきれいなアクセントの英語でそう言って、少女は哀しそうに眉をよせた。口から出してしまった言葉を、いまさらのように後悔しているようだった。
 そもそも後悔は当然のことなのかもしれない。ヘルガと少女は、昔から――それこそ初めて顔を合わせた四年前から――ずっと仲が良かった。少女は時々ヘルガの家に遊びに来たし、ヘルガ自身、彼女の訪問を楽しみにしていた。
 小さな齟齬が生まれたのは、いつだったのだろうか。おそらく、とヘルガはぼんやり考えた。かみあわない歯車が、いつのまにか、四年という時間の間にひとつずつ増えていたのだ。そして今に至るまで、自分も少女もそれを認めようとはしなかった。そう、どちらも煮え立ったスープに口を付けて、火傷したくはなかったのだ。
「手を出すとか出さないの問題じゃない。……わかってるでしょ、カタリナ」
 見せつけるように指先で唇を撫で、ヘルガはぽつりと言った。
「そのことに関してだけなら、私はもうダンに手を出してる。ええと、そうね。出したのは彼だけど、出させたのは私よ」
 ただし、と暗く考える。
 食事をしていてもベッドの中でも、男が口にする話題は、この目の前の少女のことばかりだ。付き合った一年というもの、ずっとそのことに歯がみさせられてきた。
 けれど、彼女の方は、もっと長い間彼の背中ばかりを見ていたのだろう。半年どころの話ではなく、ひょっとしたら四年間、ずっと。そう考えると、妙に切なくなって胃の奥がきゅっと締め付けられたような気がした。

 結局のところ少女は自分と瓜二つのものなのだと、ヘルガは妙に納得した。ただひとつ、二人の間に立っている、ある男を手に入れたいと望むその一点において。
 まるで鏡のように同じ思いを向ける少女を、切ないと思った。ただ、退くつもりは、ひとつもなかったのだけれど。

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