自分の生活の根底がたったひとりの少女にあるということに気付いたのは、少なくともそう最近の話ではない。むしろ昔、スペインの教会で彼女に出会った時から、そうなることの予想はついていたような気がする。

 マンハッタン島を抜ける途中で、うっかりスピード違反でニューヨーク市警に止められた。夜中の一時すぎ、こんな時間くらいは職務怠慢をしても誰も文句を言うまいとは思ったが、疲れきっていてそんなことを言う余裕もなかった。小言の途中で船を漕ぎそうになったダニエルを、中年の警官はもういいから行けと哀れんでくれた――ただし、事故を起こしたらただじゃおかないぞと脅しをかけて。
 なんだかもう色々と考えるのがめんどくさくて、適当にセダンを家の前に停めると――目をつむって車庫入れをしたのかというほど、ひん曲がって停まっていた――、ダニエルはのろのろと家に入り、そのままソファに身を横たえた。人の気配がしない家は、ひどく冷え切っていて身震いがした。
「……くそ」
 身体は早く休みたいと叫んでいたが、あいにくと脳味噌の方が許してくれそうにない。朝早くから軍事・政治用語の入り交じる書類を何カ国語にも翻訳させられて、今もまだ目の前をアルファベットやらハングルやら漢字が踊っているようだ。苛々と立ち上がって、キャビネットからジンのビンを出した。
 まったく、生活管理をしてくれる人間がいないものだから、また自分の生活は昔に逆戻りしている。午前様の帰宅、アルコールを摂取しての短い睡眠、コーヒーだけの朝食。あの少女が――カタリナがいないだけでこうも狂ってしまう自分自身に、ダニエルは苦笑した。
 ハイスクールの卒業旅行にオーストラリアとは結構な話だが、楽しく過ごしているのだろうか。つい二日前に留守電が入っていたのを覚えているが、眠くて眠くてあまりマジメに聞いていた記憶がない。しかも操作を間違えて消去してしまったものだから、もう一度聞くこともできない。
 カタリナがもどってくるまであと四日、いや、すでに日付が変わっているから、三日か。そんなことを考えながら、そのままソファで眠りに落ちた。

 面倒を見るよりもむしろ見られている割合の方が大きいことは自覚している。ただ、もはやそれが骨子になっている。この生活に骨を埋めてしまうつもりはないが、できることなら終わりが遠い未来のことであればいいと思っている。
 そう願ってしまうほどに、少女のいる生活はおだやかだった。

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