結婚する前からつくづく思っていたのだが、自分の兄と夫は実に仲がいい。それは単に幼なじみだからというのではなく、なんというか、実の妹や妻にさえ足を踏み入れることのできない絆のようなモノを感じる。同日同時に生まれ、寸分違わぬ月光をその身体に浴びたせいなのかもしれない。
 兄が婿入りした関係で親しく付き合うようになった義姉は、不機嫌そうに八尾をゆらめかせて言ったものだ。いわく、ムカつく、と。

 たしかに義姉がムカつくと評したのは、正しい感情なのかもしれない。自分を訪ねてきたはずの兄を横取りし、やめろと言われたにもかかわらずまとわりついて、まんまとカードゲームをやり始めた夫を見ていると、氷呼はそう思う。
 なんというか、夫は甘え上手なのだろう。しかも、そうして良い相手と良くない相手とをきちんと見分け、きわめて巧妙に猫をかぶる。甘えてはマズい相手の前で猫をかぶっていることはもちろんだが、兄や自分の前でも本性をちらりとしか見せていないような気がするから嫌になる。
 それにしたって、兄ももういい加減、二十年以上の付き合いである。断る術も身に付けていいころだろうに、彼にしても、自分の甘やかしを享受しているように思えてしかたがない。自分たち兄妹など指一本で相手にできるであろう夫が、へらへらと甘えてくることに複雑な優越感を抱いているのかもしれなかった。長年のコンプレックスは、執念深い。
 まったくもう、とためいきをついて、氷呼は洗濯物を干しに庭に出た。もどってくるころには、二人の勝負が終わっていることを願って。

 いい加減にしろ、と兄の怒鳴り声が聞こえて、氷呼はふと手を止めた。日ごろ激高することのめったにない兄が怒っている。ということは、夫が彼の機嫌を損ねたのだろう。まったく、あの人は不用意だから。
 案の定、兄はしばらくすると表に出てきて、ずかずかとこちらに歩いてきた。耳の内側、血管の透けて見えるところが赤く染まっていた。照れているのではなく、怒っているのだろう、たぶん。
 その後をあわてて夫が追いかけてくる。氷呼のすぐ近くで二人は立ち止まり、しばしぎゃあぎゃあと言い争いをしていたが、哀しいかな、やはりその内兄の方が根負けして、二人は仲直りしたようだった。

 数日後になって、どうしてケンカをしたのかと兄に聞いてみた。
「ああ、うん。アイツが手札何枚かごまかしててな」
 それで怒ったんだけど、言いくるめられた。
 苦笑いを浮かべる割に、兄はそう悔しそうでもなかった。正直なところ、彼は言いくるめられることに喜びさえ覚えているように見えた。

 甘ったれのアホ夫と甘やかしのバカ兄にムカついて、氷呼は尻尾をひとつ、不機嫌そうにゆすった。

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