自分はこの男にとって、一体なんなのだろうと思うようになった。一年ほど前にぽつんと胸に沸いたその疑問は、今も消えることなくカタリナの頭をぐるぐると回っている。
ダニエルにとってのカタリナ。
それはおそらくカタリナにとってのダニエルとはまったくちがうものであるはずで、だからこそ彼自身に問うてみることなど、できるはずがなかった。けれども自答できるような種類の問題でもなく、彼女はすでに、消化不良を起こして久しい。
スペインに帰ったらどうだと、ダニエルが言った。それはごく日常会話の一端であるかのようなもの言いで、実際彼はマンハッタンに向けて自動車を走らせているところだった。
助手席にすわっていたカタリナは目をみひらいて、ダニエルに彼女のショックを伝えてきた。それは哀しみではなかったが、絶望ではあるようだった。
「……どうして」
ようようカタリナがつぶやいた言葉と言えば、『Why?』というためらいがちなそれだった。だがおそらく彼女はこう言いたかったのだろう――「どうしていまさら、そんなひどいことを言うの?」。そのくらいは、鈍いダニエルにもわかっていた。
「お前の国籍はスペインだろ。この辺りで、帰国したらどうかと思ってな」
ストリートの脇に自動車を停めて、ダニエルはカタリナの方を向いた。こういう話は、運転しながらするようなたぐいのものではない。それこそ事故を起こしてしまいそうだった。
「長くアメリカにいすぎてる、カタリナ」
ごく真剣そうな男の顔を真っ正面からとらえながら、カタリナは考えていた。どうしてこんな時ばかり、この男は自分を名前で呼ぶのだろうと。せめてニーニャと、普段どおりに呼んでくれたなら、こちらもあのぎこちのない英語でかえすことができただろうに。
長年自身に課してきた鎖をひきちぎることは、そうむずかしくはなくむしろたやすかった。意識しないうちに、唇からは流暢な英語がこぼれていた。
「スペインに帰るところなんてない。そんなの知ってるでしょ? それに、ならどうして私をひろったの? どうして養子にしたの?」
突然まくしたて、癇癪を起こしたカタリナを、ダニエルはぽかんとみつめていた――彼は彼女が英語をすでに会得していることなど、知らなかったので。
その態度がますます頭に来て、とうとうカタリナは絶叫した。
「ダニエルはいつも、私のことなんて知ろうともしない。じゃあ、私はダニエルのなんなの?」
一生涯心に秘めて、なんとか自答しようとしていた問いを吐き出すと、もはやカタリナはこの場にいることなどできなかった。
しんと静まりかえった自動車から、ダニエルが引き止めることもできないほどショックを受けているのをいいことに、カタリナは抜け出した。マンハッタンはまだこの場から遠く、川向こうの景色がにじんで見えた。
四年前にスペインの教会で出会った時から、自分の祖国はアメリカだと決めていた。例え市民になれなくともかまわない。ダニエルの暮らす国こそが、カタリナにとっての祖国だった。
ダニエルにとってのカタリナ。
それはおそらくカタリナにとってのダニエルとはまったくちがうものであるはずで、だからこそ彼自身に問うてみることなど、できるはずがなかった。けれども自答できるような種類の問題でもなく、彼女はすでに、消化不良を起こして久しい。
スペインに帰ったらどうだと、ダニエルが言った。それはごく日常会話の一端であるかのようなもの言いで、実際彼はマンハッタンに向けて自動車を走らせているところだった。
助手席にすわっていたカタリナは目をみひらいて、ダニエルに彼女のショックを伝えてきた。それは哀しみではなかったが、絶望ではあるようだった。
「……どうして」
ようようカタリナがつぶやいた言葉と言えば、『Why?』というためらいがちなそれだった。だがおそらく彼女はこう言いたかったのだろう――「どうしていまさら、そんなひどいことを言うの?」。そのくらいは、鈍いダニエルにもわかっていた。
「お前の国籍はスペインだろ。この辺りで、帰国したらどうかと思ってな」
ストリートの脇に自動車を停めて、ダニエルはカタリナの方を向いた。こういう話は、運転しながらするようなたぐいのものではない。それこそ事故を起こしてしまいそうだった。
「長くアメリカにいすぎてる、カタリナ」
ごく真剣そうな男の顔を真っ正面からとらえながら、カタリナは考えていた。どうしてこんな時ばかり、この男は自分を名前で呼ぶのだろうと。せめてニーニャと、普段どおりに呼んでくれたなら、こちらもあのぎこちのない英語でかえすことができただろうに。
長年自身に課してきた鎖をひきちぎることは、そうむずかしくはなくむしろたやすかった。意識しないうちに、唇からは流暢な英語がこぼれていた。
「スペインに帰るところなんてない。そんなの知ってるでしょ? それに、ならどうして私をひろったの? どうして養子にしたの?」
突然まくしたて、癇癪を起こしたカタリナを、ダニエルはぽかんとみつめていた――彼は彼女が英語をすでに会得していることなど、知らなかったので。
その態度がますます頭に来て、とうとうカタリナは絶叫した。
「ダニエルはいつも、私のことなんて知ろうともしない。じゃあ、私はダニエルのなんなの?」
一生涯心に秘めて、なんとか自答しようとしていた問いを吐き出すと、もはやカタリナはこの場にいることなどできなかった。
しんと静まりかえった自動車から、ダニエルが引き止めることもできないほどショックを受けているのをいいことに、カタリナは抜け出した。マンハッタンはまだこの場から遠く、川向こうの景色がにじんで見えた。
四年前にスペインの教会で出会った時から、自分の祖国はアメリカだと決めていた。例え市民になれなくともかまわない。ダニエルの暮らす国こそが、カタリナにとっての祖国だった。
コメント