千夜一夜物語。

2003年10月13日
 もしも愛のカタチというものが見えるなら、ワタシのそれは歪んでいるに違いない。

 全裸で窓辺に立って空を眺めていたら、背後から抱きすくめられた。寒くないのかと耳元で囁かれて、人間じゃないものと返した。
 夜明け前、まだ月が消えていなくてキレイだった。細い細い三日月。爪の先のような。
あの月に、今日はクエストの日なのだと出かけた男は、何を想って何を願うのだろう。少し、知りたい気がした。
 ベッドに引き戻され、応えて手足を絡ませると、昨夜自分を抱いた男は少しとまどったようだった。

「相手が、いるんじゃないのか」
「今日は留守だもの、ワタシ暇だったのよ」

 大体、そんなことを問うくらいなら、何故昨夜誘いに乗ったのだろう。酔っていたのかもしれない、そういえば引っかけた時、彼の前でボトルが何本か空いていたような気がする。
 それに男がやめろと言ったところで、騒ぐ血が収まるわけでもない。男を喰うことは、自分の魂に刻みつけられた定めのようなものだ。
 まだ何かを言い募ろうとする男にキスをして、無理矢理口を閉じさせた。
長い、長いキス。呼吸さえ封じ込めるように、濃密な。

「……君の男の話が聞きたい」

 誘ったのは君だ、正当な代価だろう。
 そう言われれば、そんな気もする。男を買ったつもりはないが、睦言代わりの惚気で代金が支払えるのなら、安いものだ。
 いいわよと微笑みながらそう言って、さてどこから話そうかと考えた。月を愛する男が、生きていたころからか? それともその後のことか?
 結局時間をどこかに区切って話すことを、諦めた。時間なんてものは、自分の長い一生の内ではあまり意味がない。死んでしまった彼にとっても。

「人間じゃないの、とてもキレイな生き物でね……銀色の尻尾が、九本もあるの」

 それに惚れたのだと、うっとりとしながら囁く。
 そう、あの力のカタマリのような尾に惹かれ、冴え渡る月のように世界を見据える真紅の目に惹かれた。そして遠い昔に失った、何かを一心に祈る姿を引き裂きたいと思った。あの青年が自分だけのために祈るようになったなら、それはなんと素敵なことだろうと。
 けれども虜にさせてなお、彼は彼の愛おしいものたちから心を離そうとはしない。それが、少し悔しい。

「でもね、そんなトコロが好きなの。もし彼がワタシだけしか見なくなったら、ツマラナイと思うわ」

 狂おしいほどに引き寄せられた心と、いまだ祈ることをやめられない魂の相反性を、何より気に入っている。堕天使の翼に自ら飛び込んだくせに、まだ月に鳴く獣の愚かさが、心底愛おしい。
 あと少しでも青年の心が自分に向いてしまうことがあれば、きっと自分は彼を捨てるのだろうと、確信していた。

「愛してるのか」
「とても」

 男は溜息を吐いて、組み敷いた女の豊かな胸元に顔を埋めた。熱のない身体だ、どれほど攻めても、高まるということを知らない。
 夜明けの気配が近付く中、貪るように女を抱き、精を注ぎ込んだ。それとも貪られたのは己の方だったか。
 何にせよ、別れる前に一言言っておきたかった。

「ずいぶん歪んでるんだな」

 街に戻ってくる恋人を今から迎えに行くという女は、フフと笑って答えた。

「でも、愛してるのよ」

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