冷ややかな余熱。

2003年10月11日
 愛した女性は手が冷たい人だった。火照った肌を心地よく冷やしてくれる、冷え性気味の優しい女だった。

 数年前にゴースト・ビレッジでその女と別れて以来、女性の手というものに触れなかった。
それは半ば誓いでもあったし、半ばはやむを得なかったということでもあったが、彼としては、前者を信じたかった。あの冷たい手を、彼は忘れたくはなかったので。
 彼女の手は、今もまだ冷たいままなのだろうか。そうであってほしいと願う心を、止められない。
 ぬくもりが嫌いなわけではなかった。むしろ温かさには安堵すら覚える。
だが彼女の手に関してだけは、ぬくもりを持っていることが許せなかった。それはすなわち、彼女の手を誰かがあたためたということだったからだ。

「あなたの手であたためてほしい。……これからずっと」

 彼女はそう囁いて、己の冷ややかな手を彼のあたたかな手に重ねた。ぬくもりと冷たさが混じり合い、ひとつになって、二つの手に落ち着いた。

 彼の手は覚えている。彼女が残した、冷たさの余熱を。
 彼女の手は覚えているのだろうか。彼が残した、ぬくもりの余熱を。

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