水瀬の祈り。

2003年9月13日
 彼について、一番近い言葉で表すとすれば、それは『憐れみ』というものになるのかもしれない。

 生まれつき、何の疑問も持たずに有り余るほどの力を備えていた自分にしてみれば、彼の願いはあまりにもちっぽけで切なくて、そして切実だった。
 一族に『水』を供給する家の出で、だから水溜まりのひとつもあれば、彼は最強だった。
水の魔法に関してだけを言えば、間違いなく自分よりも強かった。それなのに水がなければ彼は子どもよりも弱く、彼自身、それがコンプレックスのようだった。
 強くなりたい。
 夕日の落ちかけた川岸で、冷たい流れの中に身を浸した彼は、ぽつりとそう独りごちた。

「オヤジが、そろそろ川を操れなくなってる。雨期なんかはほとんど俺が代わってるんだ…」

 それはつまり、世代交代が押し寄せているということで。彼は一家を背負って立たなければならないということで。
 彼がそれほど強くはなく、むしろ弱いことを、自分は知っていた。

「強くなりたい……せめて、オヤジと母さんと、氷呼を守れるくらいに」

 己よりも遙かに力の勝る友人の前、彼は一瞬顔をゆがませて、水の中へと姿を消した。
 月が中天に差し掛かるまで、彼は戻っては来なかった。

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