王女。

2003年5月26日
 最初からすれ違っていたことは知っていた。
そしてどうしようもなく彼に心惹かれてしまったことにも気付いていた。

 彼女は銀色にぴかぴか光るじょうろを手に、
呆然と立ち尽くして見えない目で男を見つめていた。
「トマトの収穫を――手伝ってくれると、言ったじゃない」
 嘘だったのかと問えるほどに勇気がなかった。
男は軽く頭を振り、彼女の言葉から逃げるように視線を背けた。
「俺にはあなたの護衛以外にも仕事がある!」
 その叫びに、彼女はしばらく黙ったままでいた。
 彼女はよく喋ったので、男は沈黙に慣れていなかった。
いっそ罵倒してくれた方が、やり方があるというものだった。
 やがて頼りなく息を吐き出した彼女は、
ごめんなさいと呟いてじょうろを地面に落とした。
半分ほど溜まっていた水が、どくどくと大地に吸い込まれてゆく。
「ずっといてくれるものだと思い込んでいたわ――だってそうでしょう?
苗を植えるのも雑草を取るのも、あなたが手伝ってくれたから」
 それは断罪のように、男の耳に響いた。

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