魔法使いの食卓。

2002年4月7日
 不思議な家だった。
やけに小さく粗末な造りの家で、
そのくせテーブルには銀食器がきちんと並べられていた。
くすんだランプの明かりをその銀が反射して、
暗い壁にはゆらゆらと奇妙な光が生まれている。
ちりんと涼しい音を立てて置かれたグラスが、
その中の水と一緒にゆらめくのもひどく幻想的な光景だった。
 赤毛の魔法使いは蝶の鱗粉をまぶしたようにきらきらと輝く長い杖を持ち上げて、
「月は鏡、回れ時計回りに踊れ十二の部屋で」
 不思議なことばを唱えた。
 するとどうだろう、まるで幼いころに見た空想のように、
食器が、グラスが、ランプが、それどころか家中の道具が動き出したのだ!
 ナイフとフォークはすらりと立ち上がり、
真ん中の皿にでんと載ったローストビーフを切り始めた。
グラスの中の水はふわっと浮き上がり、
ランプの中から出てきた炎を宿して月のように煌々と輝き出す。
部屋の隅に生けてあった花からは頭上に花冠をかぶった少女が飛び出して、
テーブルの上にいくつかの料理とナプキンを並べた。
 それはまったくもって見事な、
しかしとんでもなく現実感のない晩餐会だった。

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