恋人たちの時間。

2002年3月1日
 祭りの最後に街の広場で焚かれ、祭りの痕跡すべてを消してしまう火が、
城にほど近い兵舎からでもよく見えた。
夕焼けに映える炎のちろちろとした舌が、
兵舎をぐるりと取り囲む城壁の上からは望めるのだ。
「きれいだねぇ……」
 隣でライフルにもたれかかる中年男に言うでもなし、
青に一房桃色のメッシュが混じった髪の女がただぼやく。
男は夕日に沈み、移ろいゆく街の様子を目で追いかけていたが、
その言葉に視線を隣の女に戻した。
「デミ姐さんらしくねぇ発言だな。里心でもついたか?」
「そーいぅわけじゃないサ。ただ、ねぃ……」
 十歳のころからこの帝都で暮らしている。
ここが自分の故郷だ――もうずっと、この年になるまでそうなのだ。
 けれどそれでも、なんとはなしに部外者という気がするのは何故だろう。
「あたしと結婚する気は、ないかぃ?」
 顔も染めず、口調も至って余裕のまま、適齢期を過ぎて、
それでもその言葉は女の一世一代の勝負だった。
だから男はすぐにそれが本気であると悟り、
一瞬彼女をいつものように抱き寄せるのを躊躇い――
「ずっと前から、そのつもりだぜ?」
 そして片手が、ぐっと女を引き寄せた。
夕焼けだけが、空からそっと恋人たちを見守っていた。

コメント